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2014年2月20日 (木)

見る力

 人がいかにものを見ていないか。絵を描いているとそれを痛感させられる。
 

 見ている?
 

 なら実験してみよう。

 ポンキッキーズで有名なキャラクター、
 

 ガチャピン
 

 を思い描いてほしい。あの緑のフォルムを……。
 

 では、紙と鉛筆でもいいしペンでもいいので描くものを用意してもらいたい。
 

 用意できただろうか。
 

 ではガチャピンを描いてみてくれ。
 

 わたしの経験則ではこのうろおぼ絵をやると、凄まじい怪物が誕生する割合が結構高い。この結果が何を物語っているのかといえば、それはひとえに
 

 人はいかにものを見ていないか。
 

 ということだ。
 

 つまり人は目で見ているのではなく、ほとんどものが目に写っているだけなのだ。
 

 絵を描くようになると、この対象物をしっかり見る能力が確実に必要になってくる。そしてこの力が優れているほど絵の上達は早い。
 

 絵の上達の段階の一つとして、「ものを正しく観察することができるようになる」ことが必要だ。先入観を捨て、ありのままを見る。これが難しい。
 

 そして段階が進み、物事の構造を考えるようになる。
 

 例えば農村の風景が描いた絵があるとして、その絵の農機具に何か説得力がないような気がするとする。それはどうして説得力がないのか。
 

 原因はいくつかあるかもしれないが、一番多いのは農機具の構造を理解していないことが原因だろう。すきやくわのようなごく単純なものだったらよいかもしれないが、耕うん機や農業作業車の構造を理解していないと、風景に溶け込ませることはできても、絵全体の説得力が欠けてくる。
 

 この道具の曲線はなんのためにあるのか、この車の配管はなんで曲がっているのか。それらを理解して描いてこそ絵は写実的な説得力を持ってくるのである。そしてその説得力を下支えするのが「ものを見る力」だ。
 

 この物の構造を理解する行程を超えると、その物体の自由な構図が可能になる。つまり自分の思った風景を描けるようになるのだ。
 

 雲の構造を理解すれば、あらゆる風景の雲が説得力を持ってくるだろう。飛行機の構造を理解すれば、より空を飛んでいるように見える飛行機が描ける。複合的に雲と飛行機を組み合わせることができるようになれば、雲海の上を飛ぶ飛行機を描けるようになるし、絵というものは単体が存在するよりも複数のモチーフが影響しあっている方が説得力が出しやすいため、よりいい絵が描けるようになる。
 

 写実的に目の前のものをいかに紙面に再現するかというのは画家の才能の見せ所だが、それだけではなく実際には見たことのない景色や存在し得ないものを描くことも絵の醍醐味である。紙の上において、絵を描く人は完全に自由なのである。
 

 しかし自由であるがゆえにその責任はすべて描いた者の腕にかかってくる。自由に想像して描いた絵は時として意味曖昧なものになりかねないが、それを防ぐためには現実を正確に理解している必要がある。
 

 空想を描くというのは基本的には非常に豊かな想像力と知識が必要で、いってみればその人の人生経験が現れてしまうものでもある。絵に向き合ってきた姿勢、線を引く丁寧さ。それが結果に直結するからである。
 

 けれども、難しいし面倒な思考の過程を経るかもしれないけれど、それを上回って空想を描くことというのは楽しいのである。これほど楽しいことはない。が、空想の世界で絵を成立させるには、その世界をいわば創ってしまわねばならない。その絵の中の風の向きや天気、光源の位置を頭の中に完璧に創っておかなければ、絵は破綻する。難しいのである。
 

 これだけ描いたが、絵の基本は楽しむことだ。描いて描いて描きまくる。描いた数だけ上達するから、絵というのは面白い。
 

 こうしてつちかった力を、他の場所でも活かせられれば絵描きとして人として、より豊かな人生を送れるだろう。

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